電子書籍『看取りとつながり:認知症高齢者に寄り添う医師が観察する、科学と仏教の出会い』
大井玄[著]

内容

生老病死をありのままに受けとめ、幸せに満たされて生きる。

あらゆる存在は他者と相互に関係し合い、つながり合っている。
つながりが実感できれば、不安はなくなり幸福になる―
慈悲のまなざしで人々の一生を見つめ、手を差し伸べてきた看取りの医師による科学と仏教に見出した幸福の法則。

【本文より】

仏教は安心できる教え

 宗教のもっとも根本的な働きは安心させることでしょう。安心とは、生老病死の人生の中で、つながりの感覚を作っていくことです。

 実はわたしたちのつながりの感覚というのは、もともと持っているものではなく、学ばれていくものです。学ばれて、だんだん失われていく。これが生老病死でもっとも大変なところです。

 ブッダが言ったのは「生きることは苦である」ということであり、「その苦から解放されるためには、苦自身の中にあれ」ということでした。つまり生老病死という苦から逃げるのではなくて、それ自体を受容できるよう自分自身が変容せよ、と言っています。非常にはっきりしています。

 わたしは科学を言葉によって理解していますが、実際には坐禅をすることを通じても、自分は宇宙の中の星の子だということを無分別知的に納得し、了解しています。

  銀河系宇宙となりて坐りおり

 看取り医として、わたしが仏教に親和性を感じているのは、科学者の端くれとして見ている宇宙像と、人間像と、意識、無意識、そういうものを仏教はすべて包摂しているからです。

 ニュートン力学の時代、ものごとは離れていて、それがぶつかったり離れたりするというような考え方でした。ものごとを観測するときにも、ニュートンやデカルトは対象と観測する自分を分けて考えていました。

 ところが量子力学になって、宇宙というのは全部つながっていることがわかりました。宇宙全体が相互に結びついている、相互浸透していることがわかったのです。

 これは仏教の相依相関とまったく同じです。

 だからアインシュタインも「仏教は自分の考えることと合っている」と言ったのでしょう。その気持ちは理解できます。

 わたしにとっても、仏教は安心を与えてくれる「心の科学」なのです。

【本書の内容(目次より抜粋)】

第一章 看取りの医師として

・患者と関わり、手を差し伸べるということ
・認知症であっても意思決定できる
・幸せな高齢者とは?
・病気を持っていても健康、健康でも病気
・死と向き合うこと

第二章 科学と仏教

・仏教的存在論
・西洋哲学の思想について

第三章 神との合一

・母と祈り
・薬害エイズ問題と祈り

第四章 日本の仏教は生きている人の力になれるのか

・仏教理解
・日本仏教と民衆のつながり
・アメリカ仏教
・葬式仏教から生活仏教へ

第五章 仏教とつながり

・宗教と宇宙
・つながりと安心
・心の働きと宗教

第六章 精進の果てに

・入院と、不思議な世界体験

著者略歴

大井玄(おおい げん)

1935年、京都府生まれ。東京大学名誉教授。東京大学医学 部卒業後、ハーバード大学公衆衛生大学院修了。東京大 学大学院国際保健学専攻教授などを経て、国立環境研究 所所長を務める。社会医学徒および臨床医としての立場 から、終末期医療全般に関わっている。著書に『いのちを もてなす』『環境世界と自己の系譜』(以上、みすず書房)、 『病から詩がうまれる』(朝日選書)、『「痴呆老人」は何を 見ているか』『人間の往生』『呆けたカントに「理性」はあるか』(以上、新潮新書)などがある。

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